姜尚中さん「トランプ関税とどう向き合う?」出版記念イベントで語られた、日本のあり方
今年8月で75歳になるという、政治学者 姜尚中さん。数々のベストセラー本を持ち、論客としても知られる姜さんは、今この時代を「乱気流に入っている」といいます。話題の新刊『最後の講義 完全版 政治学者 姜尚中』(主婦の友社)の出版を記念して開催されたミニトークショーの様子をお届けします。
▼こちらもどうぞ▼
【大地真央さん】初舞台を踏んでから50年超え!「順調だったりつまずいたり。そんな人間くささを大事にしたい」NHK人気番組の未放映分を含む完全版が出版された
政治学者・姜尚中さんの特別講義が1冊の書籍になり出版されました。
本書はNHKで2024年8月に放送され、大反響のあった番組「最後の講義 政治学者 姜尚中」の未放映分を加えて再構成したものです。
この番組は「今日が人生最後の日だったら、あなたは何を語りたいですか?」という問いに、各界のスペシャリストが特別講義をするというもの。番組を観た人、まだ観ていない人にも、姜尚中さんの臨場感あふれる講義が文章で味わえる内容になっています。
「いつの日か国境を踏みつぶして欲しい」という熱い思いが語られる
講義が行われたのは姜尚中さんが生まれ、そして数年前に終の棲家として移住した熊本県。世界的な半導体メーカーTSMCがやってきたことで注目を集めている場所でもあります。
前半では在日コリアン二世としての生い立ちや自身のアイデンティティに悩んだ若き日々にふれながら、同時にアジアについてどんなことを考えてきたのかが語られます。
これまでのようにヨーロッパからアジアを見ている限りは、ハリウッド映画で描かれるような誤ったイマジネーションの世界が続いてしまう。だからこそ、他者からアジアを見るのではなく、アジアからアジアを見て、アジアがアジアを語ることがいまこそ必要だと語っています。
後半は歴史に学ぶ、国と国とが平和な関係を築く方法について。緊張関係が増している東アジアにも過去には250年も平和な時代が続いた歴史があったことを具体例とともに教えてくれます。
「ある国」に対してはいいイメージを持てなくても、その国の「ある人」と知り合いになると、国は嫌いでもその人は好きになる。その人を通じて嫌いだと思っていた国が違う形で見えてくることがあります。ですから国を通じて人を見るのではなく、人を通じて国を見ることが重要だと語っています。
世界で戦争や紛争が起こり、東アジアでの有事も心配される時代だからこそ、いかに生きるべきかを伝えてくれる姜尚中さんからの熱いメッセージの書になっています。
本書の出版を記念して、2025年4月20日に東京目黒でミニトークショーが開かれました。そのトークと質疑応答の模様を一部お届けします。
「トランプ氏は戦争を望んでないと思う。ビジネスにとって戦争は引き合わない」
——不穏な時代で憂いています。「アメリカのトランプ大統領は戦争をしたいのでしょうか? トランプに対抗するためには、日本とアジアはどんな策を講じるべきでしょうか。この時代、日本はどうあるべきでしょうか」という壮大なテーマに答えていただきました。
姜尚中さん(以下、姜尚中) まずですね、誤解があると思いますが、トランプ氏は戦争を望んでないと思います。それはどうしてか。ビジネスにとって戦争は引き合わない。かつては軍需産業がとても大きな位置を占めていた。まあ今でもその面はないとは言えませんが——。少なくともアメリカの兵隊を海外で死なせるということはできるだけ避けたい。トランプ政権、イコール戦争マシーンと考えるのは大きな間違い。
それからトランプ氏を頭がおかしい人間だというふうに、今メディアで盛んに言われていますが、これもおかしな理屈です。なぜかというと、我々が見ているアメリカは所詮、東海岸と西海岸だけなんです。
アメリカ国内でとんでもない格差が生じているのに、情報は全部東海岸、西海岸のことばかり。GAFAでアメリカは復活したが、復活したのは実は東海岸と西海岸だけだったわけです。そして「トランプ現象」が出ている。
副大統領のバンスという人は、白人労働者階層について本も書いてますけど、我々からするとお門違いなんですが、怒っているわけですね。どこに向けているかというと、ヨーロッパなんです。彼らの言い分からすると、お前たちが俺たちをコケにして、たくさん儲けて、そして軍隊は自分のとこに来てくれ、俺たちを守れと言う。国防費はできるだけ少なくして、イラク戦争が起きると能書きを垂れて、アメリカに対して説教をする——。こういうふうにバンスは見ている。だから彼は2月にミュンヘン安全保障会議でヨーロッパを叱りつけているわけ。あれは私はルサンチマン(弱者が強者に抱く恨みや憎しみ)だと思う。わからんわけじゃないんですよ。トランプさんが退いてもバンスはまだ若いですから。
「日本にやってほしいと思うのは、アジアの中でお互いの関係を良くしていこうという音頭取り」
——トランプ現象で、アメリカは私たちが依存できる状態ではなくなってきました。では日本人はどうしたらいいのか。そのためには、アジアで結束することが必要だ——と姜尚中さんは語っています。
姜尚中 アメリカがどうやら私たちが依存できる状態ではなくなってきた。つまり、今までのような、私たちが戦後80年慣れ親しんできたライフサイクルが大きく変わる。そういうことを考えていくと、アジアでもっと風通しの良い人間関係を作っておくべきだと思うんですね。
アジア諸国と日本が共通のマーケットをもつ。日本と韓国や、中国も難しい問題がありますけど、少なくとも東南アジア並みにいろんな関係を作って、人的交流やお互いの目線を平等にして、リスクを分散できるように協力し合おうと。韓国も過去の歴史のことは確かにあるかもしれないけど、それ以上に重要なことは今、これからどうするかということ。そういう時代に移っていかなきゃいけない。
私たちは、アジアの国々を差別したり、変に下に見るのではなくて、もう少し対等の目線をもたなくてはいけない。それぞれの国のナショナリズムをある程度低くして、相手の悪い面もあるだろうけど、自分ももっと悪い面もあるかもしれない。そういうふうにして、お互いの関係を良くしていこうという音頭取りを、日本がやってほしいなあと思っているんです。
そうなっておけば、トランプさんにもこんなに慌てる必要はなかったと思うんですよ。
「自分のGPSを作っていこう! 日本は国益のために何をすべきかが見えてくる」
——「姜尚中さんのように高い視座でものを見たり考えたりできるようになるためには、日頃からどんなトレーニングをすればよいでしょう」という質問に対する答えは、自分の中にGPSをもつこと、つまり俯瞰でモノを見る習慣を身につけようということでした。
姜尚中 高い視座というのではなくて、私はGPSを数十年かけて作ってきたということです。要するにGPSを自分の中に持つということ。GPSで自分自身や世界を見る視点を持つ。
皆さんもすぐ作れると思います。だって普段GPSを使っているわけだから。たとえば駐車場に車を入れるときはGPSで上から見られるようになっている。あれがなかったら、自分の視界にあるところだけしか見ていないわけですよね。
トランプ関税にしても、日本が最初の交渉相手になったということを喜ぶんじゃなくて、自分たちが持っている国益をパブリックな国際的公益に転換しなければ。それは一言で言うと自由貿易。多国間の自由貿易をアメリカさんも守りましょうと。説得しても相手は聞かないかもしれません。でも、それを相手側にはっきり言う。これが必要なんですね。
うちだけ免責したい、だからなんとかお目こぼしを——というのではなくて、日本がたとえアメリカと少しクラッシュしても、他の国に「さすが」と言われる態度をとる。それが中長期的に見れば日本の国益になるはず。
まあ、そう言ったって、あのオーバルオフィスとかいう部屋に入って、あそこの中で人に囲まれて、トランプさんに「お前、ちょっと来い」と言われて椅子に座らされると、みんなビビっちゃうでしょう。
でも「自分は刺し違えるつもりでここに来ました」ぐらいのことを言えばいいのに。もっと腹をくくって、アメリカに迫る。これぐらいのことを政治家にはやってほしいんですよね。
「今は “乱気流”の時代。自分のGPSで世界に起きていることを考えてみよう」
姜尚中 今の我々の世界は、よく言われるんですが、変動性が高くて、不確実性が高くて、複雑性が高くて、すべてがはっきりしない。今、私たちはジェットコスターのように、ジェット機に乗ったとよく言われる。
タービュランス(乱気流)ですね。乱気流の中に入っているので、明らかに過渡期にある。この過渡期がどのくらい続くか、私にもわかりません。
次の安定した秩序に向けて、タービュランスの中にいて、そういう時代を我々は生きているんだというふうに考えなければいけないわけです。だから我々は自分のGPSで世界に起きていることを考えてみようというふうなことを、皆さんに申し上げたいと思います。
姜尚中さん プロフィール
かん さんじゅん●1950年生まれ。政治学者。東京大学名誉教授、鎮西学院学院長、熊本県立劇場館長。著書に100万部を超えた『悩む力』、『続・悩む力』『心の力』『母の教え 10年後の悩む力』『朝鮮半島と日本の未来』『在日』『母—オモニ—』『心』『アジアを生きる』(すべて集英社)など。『アジア人物史』(集英社)では総監修を務める。近著に『生きる証し』(毎日新聞出版)。
撮影/佐山裕子
▼あわせて読みたい▼

最後の講義 完全版 政治学者 姜尚中
姜尚中著、NHK著、テレビマンユニオン著
主婦の友社刊
「今日が人生最後の日だったら、あなたは何を語りたいですか?」という問いに、各界の著名人が魂の講義を行い、深い感動を呼んでいる大人気番組「最後の講義」。2024年8月に放送された「最後の講義 政治学者 姜尚中」の番組に未収録の講義内容を加えて再構成。日本の中で、アジアの中で、世界の中でこれからをどう生きるのかというヒントが詰まった1冊。
※「詳細はこちら」よりAmazonサイトに移動します。