ヤマザキマリさんが見た イタリア流 生涯の友。「人の悪口を言わない奴なんか、信用できない」
それだけではありません。時にはフェルッチョの料理の味付けを巡り「今日のパスタは随分不味いな」と客の入る前で大声を出す老人に「おかしいのはおまえの味覚の方だ、歳取って味覚がおかしくなってんだ」「そういうあんたも俺とたいして変わらない歳じゃないか」などと舌戦を繰り広げることもありました。そのやりとりを見て、フェルッチョの娘は「あの調子でもう50年。お互い腹の底まで丸見えの二人なのよ」と笑って気にも留めない様子でした。
フェルッチョの友人が決まって注文するのは、イタリアのおふくろの味の定番、トマトソースのパスタ。グラス1杯の赤ワインとパスタでお腹が満足すると、フェルッチョと再び口の悪いやりとりを交わし、そのうち大声で笑い出す。
今の時間を謳歌する天真爛漫な笑顔には圧倒的なパワーがあり、不平不満をぶちまけていたかと思うといつの間にか楽しそうに笑っている彼らの姿を見ていると、釣られてこちらまで嬉しくなってきます。こうしたやりとりを思い出したのか、コロナ禍で店を閉めようとしていたフェルッチョも考えを改めたようでした。
後日届いたフェルッチョからのメールには「あいつは入院したけれど、今も週に一度はトマトのパスタを作って、病院に届けているよ。戻ってきた時に店がないとがっかりされたら、こちらも落ち込んじまうからね」とありました。気兼ねなく思ったことを言葉に変えてやりとりのできるあの老人は、フェルッチョにとっても人生を豊かにする、かけがえのない存在なのでしょう。ああいう付き合い方を長年続けていれば「まさかお前がそんな奴だとは思わなかった」なんていうやりとりは無さそうです。
夫の両親にしても、親族の老人たちにしても、とにかく嫌な気持ちを溜め込もうとしない、あの自分という人となりが筒抜けな姿勢は、見ている方もすがすがしい気分になります。
※この記事は『CARPE DIEM 今この瞬間を生きて』ヤマザキマリ著(エクスナレッジ)の内容をWEB掲載のため再編集しています。
★あわせて読みたい★
CARPE DIEM 今この瞬間を生きて
ヤマザキマリ著
エクスナレッジ
幼少期から老人と触れ合い、親の介護、そして死を経験し、多種多様な「老いと死」に触れ、国境をこえた生き方をしてきたヤマザキマリさんが、豊かな知見をもとに考えたことを綴ります。「若さ」と「老い」の価値、他人や他の生き物との「共存」、「ありのままの自分を許す」ことの大切さなど、今この瞬間を楽しむ、明るく人間らしい「善い」生き方を考えます。寿命が何歳であっても「その時」まで思い切り自分の人生を生きたい、そう前向きになれる1冊です。
※「詳細はこちら」よりAmazonサイトに移動します(PR)