【田嶋陽子さん・84歳】の終活とは?「冷え性だから冷たい石のお墓に入るのはまっぴらごめん」
フェミニズムが一般的ではない時代にテレビ番組で女性差別の問題を訴え続け、60歳のとき国政にも挑戦。「生涯現役」と、さまざまな活動を続けている田嶋陽子さんの終活とは?(後編)
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>>84歳【田嶋陽子さん】「82歳で、シニアハウスという理想の死に場所を見つけました」PROFILE
田嶋陽子さん 英文学・女性学研究者、書アート作家、シャンソン歌手
たじま・ようこ●1941年、岡山県生まれ、静岡県育ち。
69年、津田塾大学大学院博士課程修了。イギリスに二度留学。76年、法政大学教授。
91年「ビートたけしのTVタックル」(テレビ朝日)に出演して注目を集める。
その後は女性学研究者、オピニオンリーダーとしても活躍。元参議院議員。
還暦を過ぎてからはシャンソン歌手、書アート作家としても活動中。
死後は魚がいっぱいのきれいな「海の中」に
田嶋さんは「死も自分でデザインしたい」と言う。
「これまで自分の人生は自分で選択してきたのだから、死に方も自分で選択させてほしい。私は倒れてから3日くらいで、苦しまずに死ぬのが望みです。家族でご飯を食べているときに、おばあちゃんの頭がふいにかくんとなったと思ったら亡くなっていた……なんて話があるでしょう? そうなったら最高よね」
お墓に関しても考えていることがある。
「私は冷え性だから墓には入らないって、ずっと言ってきたの。せまくて冷たい石のお墓に入るのはまっぴらごめん。土に還るっていうのも石の墓に入れられたらそれっきりじゃない。最後は海にと思っています。本当はそのまま布でぐるぐる巻きにして海に投げ込んでほしいけれど、法律違反だからね……。海に投げ込まれて小さな魚にチュンチュンつつかれて、あぁくすぐったいって思いながら骨まで食べ尽くしてもらいたい。その小さな魚を大きな魚が食べて、それを人間が食べて、『元は私なんだよ』なんて、想像すると楽しいじゃない。だから今のところ海!」
最後は海に、という発想の源は40代でのロマンスにある。
「恋人とインドネシアのバリ島に行って、海にもぐったら小さな魚が群れをなして、すごくきれいだった。恋人とはけんかばかりして、結局、私ひとり帰ってきちゃったけど。そのとき得たのが、死んだらこんなきれいな海の中にいたいっていう発想。それからずっと変わっていない。海も冷たいけど、潮の流れもあるし、自由な感じがするよね」
3食きちんと食べて、よく歩き、楽しみをもつ
苦しまずに死ぬために、どう生きたらいいか」にも、田嶋さんらしい考え方が。
「きちんと3食食べる、歩く、楽しみをもつ、の3つだと思う。きちんとご飯を食べている人はきれいに死ねる、というのが私の信念です。軽井沢では3食自炊しているけれど、自分のご飯に飽きたころちょうど、東京での仕事になるのでシニアハウス併設のレストランで3食楽しみます」
楽しみについては、64歳でシャンソンを、70歳で書アートを始め、80歳を過ぎてダンスを再開。シャンソンは65歳のときの軽井沢でのコンサートを皮切りに、東京進出。毎年コンサートを開催し、月に1回、東京・四谷のライブハウスで歌っている。
「62歳で国会議員を辞めて軽井沢にこもっているとき、近所の酒屋のおじさんに『軽井沢の町おこしのために歌でも歌って』と言われたの。町にはお世話になっているから歌おうか、と思ってシャンソンを習い始めたら、町おこしの話は立ち消えに。悔しいから自分でコンサートを開いたんです」
それが評判を呼び、はや20年。
「今はお金をいただく立場だから、出番前はすごく緊張する。でもお客さんから『元気をもらいました』とか言われると、「次回はもっと成長したいと、気力がわく」とも。毎年楽しみに来てくれるお客さまのためにドレスを新調し、1つの公演で3~4回着替え、バチバチのつけまつ毛をつけてステージに立つ。
「書アートは軽井沢の冬の景色を見ていて、白の世界を黒の墨で表現できたらと思い、始めました」
ダンスは20年ほど前、テレビのバラエティ番組で声をかけられ、挑戦したことがあった。
「コンサートで踊るために再開。冬で散歩があまりできない分、ダンスで体を動かしています」
「シャンソン&トークコンサート」を毎年、開催。ダンスも披露
書アートも「田嶋陽子」という人間を表現するもの
最後まで元気いっぱい、華やかに生きよう
終活には、周りに迷惑をかけないように、とか、いろいろなものを整理して終わりに向かうようなイメージがあるが、田嶋さんはまったく違う。
「何で人生の終わりを寂しくしなくちゃいけないの? 何だって、今から始めていいと思う。行きたいところに行き、買いたいものを買い、食べたいものを食べて死ぬまで華やかに元気に生きましょうよ。最後まで健康でいて、人とワイワイ楽しくやって、ポックリ死ねれば最高」
田嶋さんは46歳のとき「私は92歳まで生きる」と決めた。
「完璧主義で厳しい母親の抑圧から解放されたのが46歳のとき。その年齢の倍、92歳までは、と決めたんです」
その92歳まであと8年余り。
「それまでどうするかは決めていません。今のところ、どうしても書きたい本が1冊あるのと、紅白歌合戦出場かな?(笑)」
『わたしリセット』
1100円/文春新書(文藝春秋)
母との葛藤、恋人との日々、テレビ出演のこと、60歳を過ぎての挑戦、そして80歳を過ぎた現在を綴る。「あなたは何歳からでも生きなおせる」というメッセージが心に響く。
取材・文/田﨑佳子
※この記事は「ゆうゆう」2025年5月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。
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