フィンガー5をやめて電気屋の営業マンへ。19歳のアキラ、極貧生活に【晃さんのターニングポイント#4】
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植田晴美
「フィンガー5」のあの大ヒット曲、今でもふと口ずさんでいませんか? 70年代に日本中を熱狂させたスーパーアイドル、フィンガー5。夢中になったあの頃を思い出しますね——。時を経て、メインボーカル 晃(あきら)さんに、当時の熱狂、家族グループとしての葛藤、そして現在の音楽活動までを語っていただきました。第4回、フィンガー5をやめて極限状況が訪れます。
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何度も倒れて救急車で運ばれて…「フィンガー5」が一世を風靡した舞台裏は?【晃さんのターニングポイント#3】電気屋の営業マンに転職したけれど、大ピンチ!家賃も電気代も払えない!
——フィンガー5としての活動を止められたとき、晃さんは何歳でしたか?
19歳かな。それまで芸能界しか知らなかったボクが、電気屋さんで営業をすることになったんです。でも営業の知識なんて全くないでしょ。だから全然売れない。
売り上げがないから、お金もろくにもらえなくて家賃が払えない。電気代が払えなくて電気が止まって、この後、水道が止まったら死んじゃうよみたいなときに、たまたま沖縄出身の先輩が家に呼んでくれたんです。
その当時、ボクはごはんもろくに食べてないからガリガリにヤセていて、「ちょっとおまえ、ごはん食べにこい」と声かけてくれた。その先輩がね、言うんです。
「おまえはずっと芸能人やっていて、全く違う仕事をするのは大変だと思う。でもこうなったら、開き直ったほうがいい」「おまえはオレたちが持っていないものを持っている」って、ヒントをくれた。「歌が得意なんだから、それを営業の武器にしろ」
——歌を武器にですか?
「何、言ってるんだ⁉」って思いますよね。ボクもそう思った(笑)。でも「まあ、いいや。とりあえずやってみるわ」。
8トラックカセットのカラオケを持っていって、玄関の前で「ヘーイヘイヘイ、ヘーヘイ♪」って歌ったのよ。で、「ちょっと、うるさいじゃない」と住んでいる人が玄関のドアを開けてくれるわけ。
——みなさん驚きますよね。
そうそう。それで「あれ、もしかして歌手のアキラ? 入って入って~」と家の中に入れてくれるの。それで「ボクは今、こういう仕事をしていて、これを売らなくちゃいけないんです」と話すと「そうか、じゃあ買ってあげるよ」となって、ラッキー!
一時期、新人で営業成績トップをとるほど、売れました。営業のテクニックなんてないし、電気屋としての技術もなかったのにね。あの先輩がいいこと言ってくれたから、だよね。