【姜尚中さんのターニングポイント】両親の国・韓国を初めて訪れたときの衝撃/ネットで広がる反中感情を考察
最近特にネット空間で “反中意識”を感じます。この傾向をどう見ていますか?
——ご著書に「国を通じて人を見ず、人を通じて国を見る」とあります。わかりやすいところでは韓国ドラマやKpopを楽しむ人が多いです。でも中国における、韓国文化のような日本人にも受け入れられやすそうなものは何かあるでしょうか? 一方で、最近のニュースやSNSでは中国人観光客のマナーの悪さを批判する投稿や、富裕層の中国人へのやっかみなのか、特にネット空間では反中意識も感じます。先生はどう見ていらっしゃいますか?
姜尚中 英語よりは間違いなく漢字が我々にとっては不可欠でしょう。漢字なしには我々は生きていけない。ということは中国から最大の恩恵を被っているわけですね。それからもう一つは中華料理がない地方都市はない。
昭和世代は私も含めて漢文が読めなかったり、漢詩が作れないんですが、戦前のある世代までは漢詩が作れるんですね。田中角栄は中国に行った時にそれなりの漢詩を作れるように勉強した。書き下し文がなければ、我々は読めない。夏目漱石の時代は英語と日本語だけじゃなくて、もう一つ、中国の漢詩漢文の世界を持っていたんですよ。皆さん若い人は漢文すらやってない人が多いのでしょうか。
今の日本は、どうしても中国を歪んで見ている面がありますね。過去のある時代のイメージで止まっているという世代もいます。それから中国脅威論が出てきて、確かに中国共産党のやっていることは理解できない。ただ、アメリカのやっていることも理解できないですよね。
頭においておきたいのは、中国の人口は日本の十倍以上だということ。14億です。そうしたらマナーが悪いように見える人がいても不思議じゃない。それに、中国のみんながおまんまを食べられているということは、日本にとってどんなにいいことか。なぜかというと、ボートピープルが出てきたらどうしますか? ヨーロッパは移民が大きな問題となっているでしょう。中国の14億の人口の、そのうちの数千万でも船で日本にやってきたらどうするか? それを考えれば、今の中国を批判するのは簡単だけど、差し当たり最悪の事態は避けられている。
そしてこれからの中国は多分変わっていくだろう。どんな変わり方をしていくのかわからないけど。だから、今の中国の“段階”というのを考えないといけないと思うんですよ。
最近見ていると、中国経済はいろいろ問題点がありますが、爆買いはほとんどなくなってきて、少人数での旅行も増えていますね。世界を驚かしたのはDeepSeek(ディープシーク)、それから電気自動車のBYD。中国人はキャッチアップの速度が速いわけです。BYDの王福伝会長は実は留学していないんですよ。一度も英語もしゃべらない。BYDの電気自動車は、今のところポルシェの値段の2/3以下で済んでいるし、デザインも優れている。おそらく欧米のデザインをたくさん取り入れている。また、昨年は中国の無人月面探査機が月の裏側の撮影に成功しているでしょう。中国はやっぱり侮れないわけですよ。
中国という国はあれだけの人口がいるから、相手を知っておかないと対応できなくなる。中国好きにならなくてもいいわけ。問題は、中国を正確に見ること。色眼鏡で見るのではなく、今の中国がどう変化しているのかを正確につかんでおかないと。
日本はこの30年間の失われた時代で、現実の中国を認めたくない。でも中国のGDPは日本の4倍以上、世界経済に占める割合は16%。日本は4%切っている。ジャパンアズナンバーワンの時に17. 8%ですよ。だから日本は付加価値をつけたり、あるいは文化的に中国がキャッチアップできないものを取り入れて、お互いにモノを作っていく。そういう段階なんだろう。それをいろんな人に知ってほしいですね。そして自分で情報を取りに行かないとだめです。
姜尚中さんのターニングポイント
22歳のときに初めて韓国に行き、1カ月間の留学。「国が成長できない理由は何か、ある考え方に出会い、アジアについて見る目が広がっていった気がします。自分のアイデンティティとどう向き合っていくのか、変化をするきっかけになりました」
▼第3回に続きます▼
姜尚中さん プロフィール
かん さんじゅん●1950年生まれ。政治学者。東京大学名誉教授、鎮西学院学院長、熊本県立劇場館長。著書に100万部を超えた『悩む力』、『続・悩む力』『心の力』『母の教え 10年後の悩む力』『朝鮮半島と日本の未来』『在日』『母—オモニ—』『心』『アジアを生きる』(すべて集英社)など。『アジア人物史』(集英社)では総監修を務める。近著に『生きる証し』(毎日新聞出版)。
撮影/佐山裕子
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