【ゆうゆうエッセイ大賞】テーマ「もしもタイムマシーンがあったら」佳作受賞作品を全公開!
【佳作】「脱げたスパイク」山田和彦さん(愛知県・78歳)
高校時代、それほど足は速くはなかったが、部活は陸上部で短距離部員だった。
高校二年の春、全国大会の地区予選が市内の総合競技場のグランドで行われた。全国大会に出場するなんて、夢にも思わないレベルの走力だったが、二百メートル走の枠が空いていたのでエントリーできた。
「お前は二百を走れ」否応なしの監督の言葉だった。先輩からも「陸上競技の盛んな高校では、試合で走ることさえ部内で競争なんだぞ」と言われ、嬉しいのか何なのか自分でも分からなかった。
試合の当日、部員全員が学校に集まり、部室の靴箱の中から、比較的新しい布製のスパイクを取り出し履いてみた。かかとが浅く少し緩めの感じがしたが、靴紐を固く締めれば何とか走れると思った。
スタートの合図が鳴った。コーナー辺りまでは快調だったが、直線に入ると足の裏がしっくりこない感じがした。ぶかぶかとした感じだった。布製のスパイクは靴裏の針の部分の皮がかなり厚い。土踏まずに回していた靴紐が切れ、走っているうちに脱げてしまった。それでもゴールまで走り切ったのだが、右足にスパイク左足は裸足のため、走りにくさと言うより奇妙な感覚だった。当時は恥ずかしくて何処かに逃げ出したい気持ちだった。
「脱げちゃったな」監督が側に来て慰めるように言った。
数日後、起床すると枕元に運動具店の包装紙に包まれた四角い箱が置かれていた。中を開けると白い皮のスパイクが入っていた。どうやら競技場のスタンドで、父が試合の様子を見ていたらしい、私がゴールする姿を見て可哀相に思ったのかも知れない。
私は興奮してパジャマ姿のまま玄関でスパイクを履いてみた。サイズもぴったりで、薄い皮に包まれた足の感触が気持ち良く、足まで速くなるような気がした。
しばらくして、全国大会の予選が迫っていた。私はむしろ走るのを心待ちしていた。ところが当日は朝から雨が降っていた。レースは余程の悪天候でなければ中止になることはない。グランドに行って見みると、トラックは水溜りができるほど最悪のコンデションだった。
レースの順番が近づいていた。私は父の買ってくれたスパイクにするか、いつもの布のスパイクにするか迷ったが、決勝に進めたら、父が買ってくれた新品のスパイクを履こうと思った。だが結局、準決勝まで進んだが決勝には残れなかった。
レース後、スパイクのせいじゃない。これが自分の実力だと言い聞かせグランドを後にした。自宅に戻ると仕事から帰ったばかりの父が結果を聞いてきた。
「父さんのスパイク履かなかったよ」
父は「そうか⋯⋯」と言って、少し残念そうな顔をした。
もしもタイムマシンがあったなら、新品のスパイクを履いて走ったと、今は思うがあれから六十年、当時は「雨の中、もったいない」と思う気持ちが強かったのかも知れない。
佳作受賞者コメント
山田和彦さん(愛知県・78歳)
「佳作」とのこと、思ってもみなかったことで大変嬉しく思います。高校時代の部活におけるエピソードをまとめました。あれから半世紀、先日高校の部活を覗いてみましたが、だいぶ変わっていました。古い根性論から脱却している様子がうかがえました。
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撮影/大江 夢
※この記事は「ゆうゆう」2025年11月号(主婦の友社)の記事を、WEB掲載のために再編集したものです。
