「本当は沢田をいれたくなかった…」その理由とは!?ザ・タイガース結成までの意外な物語【79歳・瞳みのるさんのターニングポイント#1】
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藤岡眞澄
僕は沢田をあまり入れたくなかった。なぜなら……
——小学校で森本タローさん、中学で岸部おさみさん、高校で加橋かつみさん、ジャズ喫茶で沢田研二さん—— 4人を引き合わせ、「ザ・タイガース」のベースを作ったのは瞳さんだと思います。
そうですね。たとえば1本の木があったら、“幹”は僕になるのかな。そして、“枝”が出てくるという形。でも、その枝葉の育ちに幹が負けている部分があります(笑)。
——出会ったときの、メンバーそれぞれの印象は?
森本は仁和小学校3年、4年で同じクラス。まさに“ボンボン”という感じでした。僕は悪ガキで超有名人だったから、彼は家で「あんな悪ガキと付き合っちゃいけないよ」と釘を刺されていたんじゃないかな? 顔は知ってたけど、高校生のときに河原町でばったり会うまでは、ほぼ口をきいたことがありませんでした。
岸部は北中のころ、寡黙だったし、友だちはいないし、暗い顔をしてました。でも、修学旅行で歌の話で意気投合して。一緒に歌ってみて、僕は彼の低い声のすばらしさに魅了されたんです。
——加橋さんは京都府立山城高校定時制の後輩ですね。
かつみは初めて会ったときから、格好つけ。いつもポーズ作って、格好をつけないと気が済まない。だから目立っていた。そういう意味では、芸能界向きだったのかもしれない。
——その4人が遊び仲間になってから、沢田さんと出会うんですね。
楽器でもやろうか、と「サリーとプレイボーイズ」というインストゥルメンタルバンドを組んだのですが、時世として「ザ・ビートルズ」や「ローリング・ストーンズ」なんかがボーカルを入れたり、コーラスをやり始めた。
だから、「ローリング・ストーンズ」で言えば、ミック・ジャガーみたいな存在が、沢田研二、ということですね。
——河原町の「田園」で歌っていた沢田さんを見て、ピンと来るものがあったんですか?
いや、僕はあまり入れたくなかった。なぜなら、僕ら4人はアイビーだったんだけれど、彼だけ一昔前のチンピラ風のファッションだったんです。
でも、当時の僕らには演奏の自信も、将来への見通しも何もなかった。それでも声をかけたら入ってくれて、「ファニーズ」が誕生した。僕はいまだに、沢田がなぜ入ってくれたのかがわからないですね。
——そんなバンドの担当はすんなり決まったのですか?
これが、それぞれ性格が出ているんですよ。
沢田は歌しかやっていないから、ボーカルって決まっていた。どちらかというとサブなタイプの森本がサイドギター。目立ちたがり屋のかつみがリードギター。奥ゆかしいというか地味な感じの岸部がべースギター。全く揉めることはありませんでした。
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