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フジテレビではなくTBSのアナウンサーになっていたかも!?【笠井信輔さんのターニングポイント#1】

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藤岡眞澄

「映画を見るのを止めさせるくらいなら……」

——早稲田大学と言えば、久米宏さん(TBS)、逸見政孝さん(フジテレビ)はじめ、多くの著名なアナウンサーの出身大学ですね。

うちは父も母も早稲田大学出身で、家には早稲田グッズしかないような環境で育ったんです。応援歌の『紺碧の空』も完璧に歌えました。だから、何としても早稲田に入らなきゃって思ったんですね。

——ご両親からの“早稲田プレッシャー”は感じませんでしたか?

これが、母から「勉強しなさい」と言われた記憶がないんです。

浪人時代も、僕が部屋に引きこもり状態で必死に勉強していたので、「信ちゃん、もう勉強しなくていいから出て来て」って涙目になっちゃうような人なんです。

ただ、小学2年生のある日、母に家からバスと電車を乗り継ぐような遠くにある矯正歯科に連れて行かれて、中学2年生まで通いました。もともとの僕は不整咬合のひどい歯並びだったんです。

当時は審美歯科なんて言葉もない時代でしたけれど、矯正費用は高額だったはず。でも親父は地方公務員、僕の下に弟が2人いて家族5人の団地住まいですから、お金に余裕があるわけはないんです。

大人になって「あのお金はどうしたの?」と母に聞いたら、「おじいちゃんに借りた」と。「いつ返したの?」と聞いたら、「まだ返していない」と。貸してくれた祖父はとうに亡くなっているんですけれどね(笑)。

だから、母は僕が小学4年生のときすでに、「この子はいずれ表に出る」っていうことを信じていたんだと思います。

——お母さまの“子どもが好きなことを信じる”という姿勢がすばらしいですね。

僕は中学生のころから映画も好きで、年間20本くらい見ていたんです。町田にも映画館はあったけれど、『スターウォーズ』とか『未知との遭遇』は、どうしても大きなスクリーンで見たくて、新宿の歌舞伎町に一人で通っていた。そうすると、治安のよくない場所でしたから高校生にカツアゲされたりする。当然、母に「危ないから」と止められました。

でも、僕は「どうしても歌舞伎町で映画が観たいんだ」と食い下がったら、母は「それなら、観た映画1本ごとに感想文を書きなさい」と。僕は喜んで、その提案にのりました。

——約束してはみたものの、毎回、感想文を提出するのはたいへんだったのでは?

中高生時代を通して、「ぴあ」とタイトルをつけた映画感想ノートは大学ノート5冊分にもなりました。

もちろんいまも、シネフィル(映画狂)を自認するくらい映画が好き。『ぴあ』や『産経新聞』で映画の連載をさせていただいているのも、母の「映画を見るのを止めさせるくらいなら、文章を書かせたら役に立つかな」という直観のおかげだったような気がします。

全く教育ママではなかった母ですが、子どもの将来を見通すことに関してはすごい人だったんだと思います。

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