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【ジュディ・オングさん76歳】歌手生活60周年のいま語る「挑戦が若さをつくる」木版画と歌にかけた日々

歌手生活60周年、10月には5000人規模の記念コンサートを開催するジュディ・オングさん。1979年の大ヒット曲「魅せられて」で注目された衣装の驚愕エピソードや、76歳の今も強くしなやかに輝き続ける理由を伺いました。

Profile

ジュディ・オング●歌手・女優・木版画家

台湾生まれ。3歳で来日し、11歳のとき日米合作映画『大津波』で俳優デビュー。歌手デビューは16歳。1979年に「魅せられて」の200万枚大ヒットで日本レコード大賞他を多数受賞。25歳で始めた木版画はプロフェッショナルとなり、2005年に日展特選受賞。23年に台南市美術館にて木版画展開催。24年に台北新光三越にて建築家の兄・翁祖模と初の兄妹展「藝境畫篇O2」開催。47年ぶりに出演した台湾映画『陽光女子合唱團』の歴代興行収入が台湾映画史上第1位となり、第7回 台湾映画評論家協会賞にて最優秀女優賞受賞。開発途上国の子どもたちを支援するワールドビジョン・ジャパン親善大使の他、ポリオ根絶大使、介助犬サポート大使を務める。

木版画の創作中に感じるドキドキが若々しさの源

11歳で俳優デビュー、16歳で歌手デビュー。今年、歌手生活60周年のジュディさんには、実はもうひとつ、近年注目されている顔がある。それはプロの木版画家だ。

25歳のとき、棟方志功門下の井上勝江さんの個展を見て木版画の魅力にとりつかれたジュディさんは、即、入門を志願。約6年間、師のもとで基礎を学び、その後、日展で何度も入選を果たすほど才能を開花させていった。

「モノクロームの作品を得意としていたのですが、あるとき日展の審査員の先生から『同じことをなぞっているだけでは進歩しない』と言われたんです」

そこで一念発起、“色”に挑戦することにしたのだが……。

「どうやったらいいのかわからず、行き詰まってしまいました」

悩んだ挙げ句、建築物が好きなジュディさんは美しい日本家屋を求めて、全国を見て歩くことに。そして出合ったのが、京都のべんがら色だった。

「いわゆる花街の揚屋だった『角屋』の壁の色に激しく心ひかれ、その赤をメインにして描き上げました」

初めて色に挑んだその作品も見事、日展に入選した。

「先生から『挑戦ってこれだよ』と褒められました。昨日と同じことをしていてはダメなんですね。挑戦することの大切さを知りました」

壁の赤をメインに、緑とモノトーンを加えて描き上げた、日展特選受賞作「紅楼依緑」。

ジュディさんには「日本のルノワール」と言われた油彩の巨匠・伊藤清永さんの忘れられない言葉がある。

「90歳の先生が、『絵はわからないんだよ』とおっしゃったんです。描いても描いても先があるって。その言葉を聞いて、今日描いた絵に満足するなんてとんでもないと反省。そして、建物と同じくらい迫力のあるバラを描いてみたいと思ったんです」

岡山のバラ園でモチーフとなるバラを探していたときのこと。

「何百種類もあるバラはどれもきれいなんだけど、ただそれだけ。あきらめて帰りかけたとき、出口に真っ赤なつるバラがブワーッと咲いていて……。息が止まりそうでした。『これだ!』と反射的に写真を撮り、ドキドキしながらスケッチをしました」

2024年にジュディさんは建築家の兄と台湾で兄妹展を開催した。

「そのとき、数年かけて仕上げたつるバラの作品の前で大勢の人が足を止めてくれて。やはり、高揚して描いた作品はわかるんですね」

描きながら全身から汗が出たり、心臓の鼓動が聞こえることもあるという。

「それだけ夢中になれるものがある私は幸せだと思います」

「好奇心と挑戦が人を若々しくする」ことを身をもって教えてくれるジュディさんだ。

台湾で開催した展覧会で、多くの人がこの木版画の大作「花宴」に見入った。

レコーディングのときに予言された大ヒット

60年の歌手生活で最高の出来事は?

「やはり『魅せられて』のレコード大賞受賞ですね。出合ったときは『なんて難しい曲だろう』と思いました。すべて16分音符で、そのすべてに歌詞が乗っている。息つく暇がない中でもゆとりを感じさせなくてはならないんです。さらに、地声からファルセットに切り替えて風のように伸びやかに歌わなくてはいけない。約1カ月間、猛特訓しました。当時は、ヒットするかどうかなんて考える余裕もありませんでしたね」

レコーディングの日、ピアニストの羽田健太郎さんがスタジオにやって来た。羽田さんはジュディさんの歌唱指導もしていた。

「A面の曲を決める場面で、羽田さんがピアノで候補3曲を弾き、『魅せられて』で「これだろうな」と言いました。さらに音楽プロデューサーの酒井政利さんや作曲家の筒美京平さんも加わり、『魅せられて』が正式にA面に決定したんです。キーを決めた羽田さんから『ギリギリだね、上も下も』と言われました。私の出せる音域をすべて使う難曲でした」

曲とキーが決まり、帰ろうとした羽田さんが発した言葉は、ジュディさんの耳に今も鮮やかに残っている。

「スタジオのドアを開けようとして、ふいに振り返り、『これヒットするよ。じゃあな』と出て行かれたんです。私はしばらくポカーンとしていました。羽田さんには見えていたんですね」

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