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結婚60周年の徳光さん・交際0日婚の大島さん、61年間に及ぶ純愛物語に対する反応は?『天国ゆきのラブレター』刊行イベントレポート

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ゆうゆうtime編集部

マラソントレーナーとしておなじみの坂本雄次さんが奥様との純愛物語をつづった『天国ゆきのラブレター』が発売。今回この刊行を祝して、坂本さんとも親交の深い徳光和夫さん、大島美幸(森三中)さんをお招きした刊行イベントを執り行いました。当日の笑いと優しさにあふれた模様をレポートします。(前編)

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〈司会〉
ー坂本雄次さんは市民マラソン界のレジェンドであり、数々の著名人のマラソントレーナーとしても有名。ただし、今回の著書はマラソンについてではなく、61年間連れ添い、2024年3月に逝去された妻・節子さんへの339通ものラブレターをしたためた純愛物語となっています。それでは、坂本さん簡単に出版に至るまでの経緯を教えていただけますか?

坂本さん:「我々夫婦は、私が15歳の時に当時バスガイドをしていたせっちゃん(節子さん)と出会いました。そこから61年間、子供がいなかったこともあり本当に2人だけでいろんなことをしてきた人生でした。その片割れが急にいなくなると、空洞みたいなものができてしまって、埋め方がわからずいわゆる“ロス“に陥ったわけです。
そんな時に、独身時代に取り交わした手紙がそっくりそのまま残っていることに気づきまして、その手紙を順番に読み返してみたのです。それが結果的には338通あったのですが、これをまとめておくと少し自分も整理がつくのかなと思った矢先にたまたま、主婦の友社の編集の方とライターの方と相談させていただく機会がありまして、今回このような形で出版させていただくことになりました」

徳光さん:「いや、本当に著書に掲載されている節子夫人のお写真を拝見しまして、もちろんお目にかかった時も大変可愛らしい女性でしたが、若かりし頃はさらに女優さんのような大変な美人で、15歳の少年が一目惚れするのも納得しました。それで、本を読ませていただくと最初は坂本先生のことを“ゆうじくん”と呼ばれていて、それから“ゆうちゃん”になってですね、やがて“ゆうじ様”になるわけであります。“くんちゃんが、6年目には様になり”と…そんな本当にいいご夫婦でしたね。
僕が坂本先生指導のもとで走ったのが、70歳の時でしたが、そのサポートをしてくださったのは節子夫人でありました。練習に行きますと必ず節子夫人が私の大好きな甘いものをいろいろと吟味して持ってきてくださっていたのですね。私も長年こういう仕事をしておりまして、いろんな人と出会いますが、本当にお付き合いを続けさせていただきたいなというご夫婦でございます」

練習の合間に聞いていた文通の話が実は…

大島さん:「坂本先生からは、マラソンの練習の合間に節子さんがバスガイドだったよ、とか文通していたのだよ、というのは聞いていたのですが…、ここまでドラマのようなお話だったというのは、本当にびっくりしましたよ」

坂本さん:「そうですね、これが一番当時のリアルな1枚なのですが、私は神奈川県の藤沢の中学生でした。修学旅行で京都と奈良に行った際に20歳のバスガイドをしていたせっちゃんと出会ったわけです。キレイな人だなと思い、思わずいちばん前に座っていました(笑)。一目惚れだったと思います」

徳光さん:「だたね、著書を読ませていただくと15歳の少年が女性に惚れるとこんなにいい文章を書けるのか、と驚きの文面なのですよ。最初は節子さんが年下の男の子を諭すような内容なのですけど、だんだん文学的になっていくのですよね」

〈司会〉
―徳光さんはもうすごい書籍にチェックが入っていて…!もう大切な言葉ばかりっておっしゃっていましたよね。

徳光さん:「私が印象的だったと思った箇所をご紹介しますと…例えば、節子さんからの手紙で、節子さんがご病気をされて、入院されていた際。『~ゆうじくんにいろいろと心配をおかけしましたけども、大したことがありませんので、どうぞご安心ください。(中略)そうそう、あなたはテストで毎日大変ですね。でもしっかり頑張ってください。遥か京都から応援を送りながらペンを置きます、節子』というような文章が載っているのですよ。もうこの文章だけでもステキでしょ?これがどんどんエスカレートしていって本当に1人の男性への愛の告白になっていくのですよ」

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