「これで私が倒れても大丈夫…」50代で早期退職し、整理収納アドバイザーとして起業。なぜ頑張れたのか?【50代の仕事始め#3後編】
これからの仕事について、どうしようかと考えたことがありませんか? 50代で新しい仕事に踏み出す一歩は、勇気がいることかもしれません。やりたい仕事の見つけ方などヒントがいっぱいの「50代の仕事始め」。今回お話をうかがったのは、保険会社勤務の経歴とは全く違う分野に飛び出して起業した田中亜希子さんです。今回は、2回に分けてご紹介する後編です。
▼前編はこちら▼
30年勤務した会社を早期退職。第二のキャリアは家族のために頑張るママを助ける仕事に【50代の仕事始め#3前編】
Profile
田中亜希子さん(52歳)
1973年生まれ。千葉県出身。小学校3年、中学2年の二人の男児の母。
短大卒業後、損害保険会社に入社し、30年勤務。
5回の全国転勤で、頼れる人のいない赴任先で仕事と家事・子育ての両立を経験。会社を早期定年退職後は長崎へ移住する。
自分の経験を活かし、働く女性を支援したいという思いから「整理収納アドバイザー」の資格を取得し、2024年1月、Mam-Aid を開業。
現在は、整理収納アドバイザーとして長崎市内で訪問型の「整理収納サービス」をメインに活動しながら、工務店での週4回のパートもこなす多忙な日々。
その他、企業向けセミナー、子供向けのお片付けワークショップを長崎県内で開催中。
Mam-Aidホームページ:https://www.mamaid-nagasaki.com/profile.html
インスタグラム:@mam-aid.akikotanaka
「倒れられない!」仕事、育児、ワンオペの日々
ご主人が転勤になった長崎支店に、田中さんも次男の育休明けで復職し、忙しいながらも家事のアウトソーソーシングや徹底的な時短術で、仕事と育児の両立をこなしていた田中さん。
長男が小4、次男が5歳になろうかと言う頃に、またしてもご主人が転勤になりました。
「会社の決まりで、主人が半年ほど先に名古屋へ行きまして、完全なワンオペになってしまったんですね。
今自分が倒れたら子どもたちはどうする、という切羽詰まった状態で、この頃色々な方に手伝っていただいたのが、今の仕事につながっています。
家事ではお掃除を家事代行の方にお願いできたこと、子育てはシッターさんに下の子の保育園のお迎えなどもお願いし、仕事から帰ったら、子どもにはおやすみを言えば良いだけという状態にしていただいたのも、本当に助かりました。
その分週末はたっぷり子どもに向き合える心の余裕もできましたね」
一方で、「片付け」はもうライフワークに。
「子どもの成長とライフスタイルに合わせてモノの配置を見直し、常に居心地の良い家をキープする、というのは習慣になっていました。
忙しい毎日でも、家中のモノと向き合い必要なモノだけを見極めること、使い勝手が良いようにしまう場所を決めること。そして、理想の暮らしを実現することはとても大切なんですよね」
一旦名古屋へ、そして早期退職の選択
半年のワンオペ期間を終えて、お子さんとともにご主人の待つ転勤先の名古屋へ向かった田中さん。
「名古屋について思ったことは、父親がいる、これで私が倒れても子どもは大丈夫……ということでした。本当にいっぱいいっぱいだったんですね。
でも引っ越して少しして、子どもが長崎に帰りたいな、と言い出して。確かにあれほど温かく、住みやすい場所があっただろうかと思い出し、一念発起。長崎へ子どもと戻るために早期退職をすることにしました」
起業準備をしながら、また長崎でのワンオペ育児が始まりました。仕事と家庭の両立で多忙な日々ですが、以前のような悲痛な気持ちがなくなったのは、家事も時短できるようになっていたからこそ。
しばらくして今度はご主人が追いかけるように長崎のお隣、佐賀県への転勤も決まり、今は週末に長崎の家族の待つ家へ帰れるのだそう。
こんなふうに、転勤によって色々な場所で家のことを回してきた田中さん。
退職後に整理収納アドバイザー1級などの資格をとり、起業講座を受け、個人事業主として、Mam-Aid開業への道筋をつけて行きました。
やりたいことにまっすぐに進んでいきたい
2024年1月、Mam-Aidを開業し、おそらくほとんどの人がこの時点で満足、あるいはその仕事に没頭するかというタイミングで、田中さんが始めた新しいこと。
それは、工務店の、営業アシスタントのパートでした。
「『整理収納アドバイザー』の起業講座に参加して、自分の弱みが“住宅業界の経験‘”と“土地勘”がないことだと気づいて、自己研鑽として工務店での勤務を開始しました。
リフォームをしていただいたお客様を定期的に訪問し、どこかお困りごとがないか等の状況をお伺いするこの仕事を募集記事で見つけて、これだ!と思い、応募してみたんです。アラフィフの私を、よく採用してくださったなと思います(笑)」
面接では、どうしてもこの仕事がしたい!と意欲を見せたそうですが、
「応募のときは、社会に出てから保険業界の経験しかないですし、この年齢から自分に何ができるか、新しい仕事で通用するのか悩んで、会社時代の先輩・後輩にZoomで相談したんです。
『あの激務をこなしていたのだから、新しいことでも何でもできるよ』との言葉に背中を押されました」
大好きな長崎で働けていること。仕事で、たくさんのお客様の笑顔に出会うことができることは、Mam-Aidにも共通するやりがいだそう。
「片付けの現場では、お客様のお悩みを聞くとことも多く、ときには一緒に涙することもあります。片付け終わった後の笑顔、きれいになった家を眺めるお客様の後ろ姿を見るのが、仕事で一番うれしいことであり、この仕事を選んだ幸せです」
会社の後ろ盾がなくなったことでの不安はたくさんあったそうですが「やりたくないことを手放したことで肩の荷が下り、心が軽くなりました」とも。
田中さんの、やりたいことにまっすぐに進む気持ちは、以前より強くなっているそうです。
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