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【高島礼子さん】52歳で離婚後、友達のいない自分に愕然…。一歩足を踏み出したら世界が広がり、今は一人焼肉もへっちゃらです[ターニングポイント#1]

50歳を過ぎてから本格的に舞台の仕事を始めたり、Instagramで日々のあれこれを発信し続けたりと、エネルギッシュに挑戦を続けている高島礼子さん。そんな高島さんの、人生でターニングポイントとなった出来事とは? 

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>>石井ふく子さん生誕百年記念舞台に出演する【高島礼子さん】「お元気な石井先生の前では60歳なんてまだ子どもです」

自分で決める生活を楽しんで

高島礼子さんが6年前に投稿を始めたInstagram。各界の多彩な友人たちと食事やスポーツを共にしたり、あるいは一人ランチを楽しんだりする写真などがまめにアップされていて、高島さんが、とてもフットワーク軽くアクティブに行動し、ありとあらゆることにトライしながら充実した毎日を送っている様子が伝わってくる。

もともとモータースポーツ国内A級ライセンスを持つアマチュアレーサーだった高島さん。活動的に動くのは、ごく自然のことなのかと思いきや、実はそうではなかったと言う。芸能界の仕事を始め、やがて結婚もしていく中で、暮らしはむしろ「家」と「仕事場」との往復だけで、友達づき合いもなくなってしまった。それが変わっていったのには、いくつかのターニングポイントがあったからだ。

「数えれば、ターニングポイントはいろいろあり過ぎるぐらいあるのですが、やはり大きかったのは、『離婚』『コロナ禍』そして『働き方改革』ですかね。その3つが大きな転機になったと思います」

高島さんは自らを顧みて、典型的な「昭和女」だったのだと言う。だから、結婚しているときは、「女たる者、家をちゃんと守るべし」という自身の古風な考えを疑いもせず過ごしているうちに、友達づき合いもなくなっていってしまった。それが52歳で離婚して一人になって、初めて危機感に襲われた。

「こんなに友達もいなくて、一人で動けなくて、これからどうしようと思ったんですね。これではいけないと思って、新たな世界に踏み出していったんです」

長らく利用していなかった公共交通機関を使い始め、ICカードを使ってあれこれトライするうちに、自由自在にバスから電車への乗り継ぎも、地下鉄の乗り換えもできるようになった。「行動範囲が劇的に広がりました」

それとともに、とにかく周りの人たちに声をかけて会うようになった。異業種の人たちと交流する「女子会」を積極的に行うようになったのだ。そこで出会うさまざまな人から、高島さんはどんどん刺激を受けていった。

「年をとったら普通はどんどん頑固になりそうなところですけど、私はその頃から、逆に余計なプライドは捨てられるようになってきて、周りの人たちの意見を素直に聞けるようになっていったんですね。どんなときも助けてくれる誰かがいるということのありがたみに改めて気づいて、変なカッコなんかつけずに、知らないことは知らないと言えるようになりましたし、自分一人で抱えていた悩みも、自分の言葉でさらけ出せるようになった。そうしたら世界も人間関係も広がっていきました。自分で選び取って、自分で決めていい生活に戻ったら、何もかもがエンジョイできるようになったんです。これは大きい変化でした」

しかし、そんなふうに順調に進んでいった再びの独身生活も、2020年に始まったコロナ禍により人との交流が中断してしまう。仕事もストップしてしまう中で、また一人の生活に戻りそうになってしまった。

「でもね、そういうピンチのときこそチャンスだと思ったのです。ピンチが来るからこそ、どうにかそこから脱しようと考える。そうすると必ずまたチャンスが巡ってくると信じていました」

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