認知症の母を2年前に亡くした【山田雅人さん】死ぬまでに一回でも多く笑わせる。それが僕にできた母への介護
苦しさの中に笑いのタネを見つける
記憶が失われ、子どもの顔もわからなくなる姿を見るのはつらい。介護は終わりが見えず、ゴールはすなわち死を意味する。だから、「残りの時間に何回、母を笑わせられるか。自分にできるのは、一回でも多く笑わせることだ」と山田さんは考えた。
「つらい介護中にも、何かしら笑いのタネはあるんです。ある明け方、寝ずに寝返りをさせに行った僕に、母が『あんた、顔色悪いなぁ』と。要介護5の母に心配された僕は思わず、『あんたのせいやでー』。二人で思わず吹き出しました」
また、お母さんが大好きな加山雄三さんのビデオを観ていたときのこと。
「僕もテレビの前に立って、割りばしをマイクにして一緒に歌ったんです。そうしたら母が『じゃまや』と手で払った。あんたはいらない、と(笑)」
笑わせるコツは、自分が笑うこと。すると相手もつられて笑う。
「作り笑いでもいいんです」
介護者がつぶれないためにも「笑い」は大切だ。
認知症が進んでも、よく笑っていた
「笑っている母の写真がたくさん残っています。今思うと、もっとこうすればよかったという反省もあるけれど、そのときの自分なりに精一杯頑張った、と思います」
今だからわかる認知症介護に必要なこと
山田さんが今、思う認知症の介護で大切なことは「話しかける、叱らない、歩かせる」の3つ。
「認知症が進むと母はだんだんとしゃべり方を忘れ、誘導しないと言葉が出てこなくなりました」
黙っていると進む一方だと感じた。
「父が亡くなった後、母の認知症は進みました。話し相手がいなくなったことは大きい。夜、『今日こんなことがあってな』と話せることは大事です。次にどんな言葉を返そうか考えますから。コンビニで『ありがとう』と言って、お店の人が『ありがとうございました』と返してくれる、そんな会話でもいい。脳も筋肉と同じで、動かしていないと衰えると思うんです」
コロナ禍の間、お母さんはショートステイで暮らしていた。
「散歩ができなくなり、家族との面会もできなくなって認知症があっという間に進みました」
最後に、明るい介護のためには「チームワークが絶対に必要」と山田さんは力説する。一人で背負い込むとつぶされる。
「ケアマネさんやデイサービスやショートステイのスタッフ、お医者さんといった専門家の力を借りないと、家族だけでは無理。僕もいろいろ教えられ、助けてもらって乗り切りました。とはいえ、人間同士なので合う、合わないがあります。相性のいい人と出会うまで、何度も変えてもらっていいと思います」
介護が始まって8年が経とうとする2023年暮れ、嚥下障害で入院したお母さんは病院で息を引き取った。90歳だった。
数々の困難にユーモアという武器で立ち向かった山田さん。その成果は、残されたお母さんの写真の表情が物語っている。
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撮影/神ノ川智早 取材・文/依田邦代
※この記事は「ゆうゆう」2026年4月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。
