【舞いあがれ!】何かと落差の大きい本作で、ばんば(高畑淳子)の物語が素晴らしい。「老い」の中に見え始めた希望
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田幸和歌子
勝が投げかけた言葉「子どもはだんだん楽になるけど、介護はその逆」は、あまりにリアルで、あまりに重い事実である。しかも、介護の大変さは、経験のない人がイメージする物理的な「世話」ばかりでなく、むしろ介護する側もされる側も、終わりがなく、どんどん希望が失われ、精神的に蝕まれていくことにある。
まして夫を早くに亡くし、女手ひとつでめぐみを育て上げた働き者の祥子にとって、「自分のことが自分でできない」「できないことが増えていく」喪失感はどれほど大きなものだろうか。
そんな中、めぐみはIWAKURAを章(葵揚)に託して自身は社長を退き、祥子の世話をすることを決意。社長業の引き継ぎが終わったとき、祥子が五島に戻りたいと思ったら一緒に五島に戻ろうと提案し、祥子も受け入れ、東大阪で一緒に暮らし始める。
リビングで所在なさげに周りを眺め、勝手の分からない家で、やることもなく、介護用らしきベッドに腰掛け、ぼんやりする祥子の姿があまりにリアルすぎて切なくなる。事実、『あさイチ』でMCの博多大吉も、朝ドラ受けでそのシーンについて言及し、自分の親を思い出したと語っていた。
しかし、祥子はそこからデラシネに案内され、貴司に本を見繕ってもらって読むように。夫を亡くしてから船の仕事をずっと引き継いで守って来た祥子にとって、「本」はこれまであまり縁がなかった、新たな興味・関心事との出会いになるかもしれない。
また、笠巻(古舘寛治)からもらったりんごで、めぐみと舞と3世代でジャム作りを行う。できないことがたくさんあっても「できることを探せば良か」というのは、心因性の発熱で舞が初めて五島にやって来たときに祥子が言った言葉だ。
かつての自分の言葉が、自身を救う日が来るとは――「老い」というゴールのない「喪失」の中に見え始めた希望は、もしかしたら本作のクライマックスではなかったか。そんな不安を覚えるほどに「祥子の物語」は素晴らしかった。