「父・つかこうへいの訃報が入ったのは宝塚退団公演の開演10分前でした」最期に会えなかった父への思い、死との向き合い方【愛原実花さんのターニングポイント#3】
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恩田貴子
元宝塚歌劇団雪組トップ娘役で、劇作家の故・つかこうへいさんを父に持つ愛原実花さん。出産後、初舞台となるミュージカル『アニー』にかける思いや父への思いなど、じっくりとお話を伺いました。(全3記事中の3記事目)
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>>「世間から怖い人と思われているつかこうへいも、私にとっては甘々なお父さん」それでも1度だけ怒られた、そのまさかの理由は?【愛原実花さんのターニングポイント#2】
お話を伺ったのは
愛原実花さん 女優
あいはら・みか●1985年生まれ、東京都出身。
2002年、宝塚音楽学校に入学。04年、宝塚歌劇団入団。09年、雪組トップ娘役に就任。
10年9月『ロジェ/ロック・オン!』公演で退団。その後は俳優として、数多くの舞台に出演。
主な出演作に、『熱海殺人事件』『ラ・カージュ・オ・フォール』『るろうに剣心』『スクルージ~クリスマス・キャロル~』『夜曲~ノクターン~』など。
父は劇作家の故・つかこうへいさん。
父の代表作『熱海殺人事件』への出演でぶち当たった大きな壁
4月19日から上演されるミュージカル『アニー』に、出産後初出演する愛原実花さん。劇中では、アニーの運命を大きく変える大富豪・ウォーバックスの秘書、グレース役を演じているが、愛原さんいわく、「グレースと自分とは重なる部分がある」のだとか。
「私は仕事のできるグレースと違ってポンコツですが(笑)、グレースが孤児院に赴き、アニーをウォーターバックスの家に連れて帰る場面の心情がよくわかるんです。というのも、私は30代からお母さんの役をいただくようになったのですが、出産前は『子どもの抱き方、これで合ってる?』『妊婦さんの所作はこれでいいのかな?』と、演じていて不安を感じていたんです。自分が経験していないことだったから、いくら研究しても不安がぬぐえなくて。あの場面のグレースも、きっと同じような気持ちだったんじゃないかと思うんですよね。『すぐに抱き上げていいの?』『この抱っこの仕方で大丈夫⁉』と、とまどっていたと思うので、そこはちょっと自分と重なるのかなと。
アニーと関わる中で、グレースはどんどん彼女に惹かれていき、いつしか家族のように思う気持ちが芽生えていきます。そんなふうに変化していくグレースの心情については、子どもを産んだ今、より深く理解できる気がしていて。自分なりの表現ができるかなと思っています」
役に対する深い洞察力と豊かな表現力で、宝塚歌劇団を退団後も舞台にドラマにと引っ張りだこの愛原さん。しかし、過去には大きな壁にぶち当たったこともあったと言う。それは2015年に上演された、故・つかこうへいさんの代表作の一つ『熱海殺人事件』でのこと。
「初めて父の作品に出演するというプレッシャーもあったんですけれども、稽古の序盤から、『今まで自分が培ってきたものだけじゃ、太刀打ちできないな』と気づかされたんです。父の演劇は、自分のフレームから飛び出すことを要求するような世界。自分が持っているものをすべて吐き出して、さらけ出さなければ演じられないと思ったんです。血反吐を吐いても、泣いて鼻水を垂らしてでもやらなければと思いながら、必死に稽古をしていました」
稽古中は、毎日同じ場面で鼻血が出ていたという。心身の重圧たるや、どれほどのものだったのだろう。しかし愛原さんは、「その辛い作業が自分にとっては必要なことだった」と言うのだ。それはなぜか。
「父は肺がんで、私の宝塚歌劇団の退団公演中に亡くなったんですが、実は亡くなる1カ月ほど前に容態が急変して、かなり危ない状態になったんです。急いで父のもとに駆けつけようとしたら、病床の父から電話で『他のみなさんにご迷惑をかけるものじゃないよ』と。会いにいくことを諦めたあのとき、ある程度の覚悟はできたように思います。
父が亡くなったという一報が入ったのは、公演の開演10分前のことでした。だけどすでに覚悟はできていましたし、なにより舞台に穴を開けてはいけない、お客さまのために絶対にクオリティの高い舞台をつくりたいという一心だったので、取り乱すことはありませんでした。
当時はその忙しさに救われていたのだと思います。でも忙しさを理由に自分の心を麻痺させていた部分もあり、ずっと父の死に向き合えていなかったんですね。それが、『熱海殺人事件』で涙を流すことができたとき、父の死と向き合えた。自分にとって、それがすごくよかったなぁと思っています」
つかこうへいから受け継いだ『自分を俯瞰して演じる』というスピリット
宝塚歌劇団に在団中、つかさんは愛原さんが芝居に関する助言を求めても、「それは宝塚歌劇団の演出家の先生にうかがいなさい」と、決して口を出すことがなかったそう。
「だから、父から直接『女優として』『芝居とは』みたいなことを言われたことがないんです。けれども演じるとき、常に心にある『自分を俯瞰して演じる』というスピリットは、父の姿から受け継いだもの。自分を律して、今お客さまがどんなふうに楽しんでいるのかを考える。支えてくれる人がいるから、自分は舞台に立てている。そんなふうに俯瞰して考えながら仕事をすることを、父の背中から教わりました。
家では全く仕事の話をしない父でしたが、父の芝居を初めて観た6歳のころから、父を理解したいという思いがどんどん強くなり、お小遣いをためては演劇を観るようになりました。私にとって演劇に携わることは、父を知ることにもつながっています。今年40歳になる今でも、もっと父のことが知りたい、もっと近づきたい、もっとその魂に触れたいと思う。だから、今もこの仕事を続けているんじゃないかな。
その舞台に、大好きな『アニー』という作品で戻ってこられたことを、とても幸せに思っています。東京公演のあとには、上田、大阪、金沢、名古屋公演が控えていますが、家族とともに舞台と育児を両立していけたらいいですね」
愛原実花さんのターニングポイント③
「父の代表作『熱海殺人事件』に出演したとき、涙を流しながら必死に稽古をしました。そこで初めて、父の死と向き合うことができました」
撮影/園田昭彦
【INFORMATION】丸美屋食品ミュージカル『アニー』
舞台は1933年、世界大恐慌直後のニューヨーク。誰もが希望を失うなか、孤児院で暮らすアニーだけは元気いっぱい。生き別れた両親にいつか会えると信じている。そんなアニーは、クリスマス休暇の間、大富豪・ウォーバックスの自宅で休暇を過ごすことに。彼女の前向きな姿に心を動かされたウォーバックスは、アニーの両親探しを手助けする。懸賞金目当てに群がる偽の親たちや悪だくみをする者も現れるなか、アニーは本当の家族に出会えるのか……⁉
演出:山田和也
出演:丸山果里菜、小野希子(Wキャスト)、藤本隆宏、愛原実花、赤名竜乃介、浜崎香帆、須藤理彩 ほか
東京公演:4月19日(土)~5月7日(水) 新国立劇場 中劇場
※東京公演の他、上田、大阪、金沢、名古屋公演予定
東京公演問い合わせ:キョードー東京 ☎︎0570-550-799
オペレーター受付時間(平日11:00~18:00 / 土日祝10:00~18:00)
公式ホームページ:https://www.ntv.co.jp/annie/
東京公演主催/製作:日本テレビ放送網
協賛:丸美屋食品工業
Annie2025©NTV
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