【ジュディ・オング】薬膳の知恵が灼熱の砂漠であの有名人の命を救った!?
今年、歌手生活60周年を迎えるジュディ・オングさん。10月には5000人規模の記念コンサートが予定されています。コンサートのゲストとして登場する中村雅俊さんとは、2007年に公開されたアメリカ映画『アメリカンパスタイム 俺たちの星条旗』で夫婦役を演じました。その撮影中に中村さんに起きた異変を、ジュディさんのとっさの機転が救った驚きのエピソードを聞きました。
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ジュディ・オング●歌手・女優・木版画家
台湾生まれ。3歳で来日し、11歳のとき日米合作映画『大津波』で俳優デビュー。歌手デビューは16歳。1979年に「魅せられて」の200万枚大ヒットで、日本レコード大賞他を多数受賞。
25歳で始めた木版画はプロフェッショナルとなり、2005年に日展特選受賞。23年に台南市美術館にて木版画展開催。24年に台北新光三越にて建築家である兄・翁祖模(マーク・オング)と初の兄妹展「藝境畫篇O2」開催。
47年ぶりに出演した台湾映画『陽光女子合唱團』の歴代興行収入が台湾映画史上第1位となり、最優秀女優賞にノミネートされた。
現在、開発途上国の子どもたちを支援するワールドビジョン・ジャパンの親善大使の他、ポリオ根絶大使、介助犬サポート大使を務める。
灼熱の砂漠での撮影中に相手役の体調に異変が
「雅俊とは約20年前、アメリカ・ユタ州での映画撮影で一緒でした。『アメリカンパスタイム 俺たちの星条旗』というアメリカ映画です。本当は私のほうが少しお姉さんなんですけど、年下の妻役でしたね」
俳優陣やスタッフを含め、現場で日本語をしゃべるのはジュディさんと雅俊さんだけだったため、自然と二人の交流も深くなっていった。
「ドリンク剤とかお酒を飲まない私は、冷蔵庫にそれらのかわりに野菜を入れていました。買ってきた炊飯器でご飯を炊いたり、シチューを煮たりもしていました。それを雅俊も食べていましたから、実際にはお母さん役(笑)」
あるときジュディさんは、撮影中の雅俊さんの様子がおかしいことに気づいた。
「日陰のない灼熱の砂漠での撮影で、気温は40℃くらいあったんじゃないかしら。私たちはテントの下にいたんですが、ふと雅俊を見るとぼーっとして目がうつろ、顔がほてって動きが鈍い感じ。明らかに気分が悪そうでした。熱中症じゃないかと感じた私は、すぐにスタッフに塩をかけたすいかを持ってきてもらったんです」
そして雅俊さんにそれを食べさせた。
「体にこもっていた熱がフーッと抜けたんでしょうね。座ったまま寝ちゃったの。そして、目覚めたときには元通り元気になっていました。暑いときにすいかに塩をかけて食べるというのは、実はすごく理に適っているんです。昔から農家の方たちは農作業から帰るとすいかに塩をかけて食べていましたが、汗をかいて塩分と糖分と水分が不足した体にはぴったりの食べ物なんですね」
台湾出身の祖母に教わった「医薬同源」の知識
ジュディさんは、そうした「医薬同源」的な知識を、台湾出身の祖母に教わったという。
「私が10代になった頃、母がおばあちゃんを日本に呼び寄せ、一緒に暮らしていました。夏に赤い顔をして家に帰るとおばあちゃんが『はーい、今日は熱取りね』と言ってきゅうりと豚肉の炒めものをよく作ってくれました。えっ?と驚くかもしれないけれど、きゅうりは炒めてもおいしいんですよ」
きゅうりやすいか、メロン、ゴーヤ、冬瓜といったウリ科の植物には体にたまった熱を外に出す作用がある。そして豚肉は体の熱を上げない肉。それに対して、牛や鶏は熱を上げるのだという。
「私が18,19歳くらいになると、おばあちゃんは私を台所に呼んで、さまざまな料理の作り方を教えてくれました。私の公式YouTubeチャンネルで紹介している料理は、どれもおばあちゃんの味なんですよ」
さらに、食事の度に祖母が「緑豆春雨は体を冷やすからね」などと何気なく口にする言葉が知識として自然と身についていった。
「だからスーパーなどの食材も、『これは温』『これは寒』『これは平』と、私の目にはまるでそれぞれにラベルが貼ってあるかのように見えるんです」
薬膳では食材を「熱・温・平・涼・寒」に分けて考える。
「熱」:強く体を温める唐辛子や羊肉など
「温」:穏やかに体を温める生姜やねぎ、鶏肉など
「平」:温めも冷やしもしない中間の性質の米やキャベツ、じゃがいも、卵など
「涼」:穏やかに体を冷やすきゅうりやセロリなど
「寒」:強く体を冷ますすいか、ゴーヤ、緑豆など
「『食は体なり』ですからね。大切なことをおばあちゃんに教えてもらったと感謝しています」
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