創業300年の老舗「吉德」には、ぬいぐるみ70年の物語があった––––始まりは渋谷に現れた女性のひと言
江戸最古の人形の老舗である吉德。実は70年にわたってぬいぐるみづくりを手がけています。人形づくりで培った技術と美意識を受け継ぎ、多くのファンに愛されるぬいぐるみをどのように生み出しているのでしょうか。
ある女性のひと言からぬいぐるみの歴史が始まった
「人形は顔がいのち」のフレーズで知られる、創業300年余の歴史をもつ東京·浅草橋の老舗人形メーカー「吉德」。創業以来、玩具人形問屋を商いとしていた吉德が、ぬいぐるみ事業を開始したのは1956(昭和31)年のこと。当時、吉德の売り場があった東京・渋谷の東急文化会館に、ある一人の女性が、ぬいぐるみを抱えて来店したことがきっかけだった。
「これ、置いてみてください」
当時を知るスタッフはもう社内に残ってはいないものの、そう言われて、「じゃあ置いてみようか」と、素直に店頭に並べた人がいたらしい。日本人形が並ぶ売り場に、突如ぬいぐるみが加わった。それが思いのほか、売れた。
それまでひな人形や五月人形を主力としてきた吉德。「節句の時季以外にも売れる商品を」と、1950年代にはフランス人形などの洋人形が売り場に並んでいたという。そこにぬいぐるみも並ぶようになり、吉德の新たな歴史が刻まれていった。
時代ごとに姿を変え、ブームとなったぬいぐるみ
昔のぬいぐるみは今のふわふわとした、やわらかな手触りとは異なり、硬かったことを覚えている読者はいるだろうか。中に詰められていたのは、おがくずや木を細く削ったもの。職人がそれをぎっしりと詰め込み、キリなどを用いて製品の表情や造形を補っていた。職人の経験と勘が、そのまま形になっていた時代だ。
それが変わり始めたのは1960年代以降。アクリル繊維の普及で鮮やかな発色の生地が増え、中の詰め物も軽量のウレタンや綿へと変化していく。当時のカタログを開くと、真っ黄色や赤いチェック柄など、驚くほどカラフルな動物たちが並んでいる。令和の今には「昭和レトロ」と呼ばれる、その派手な色彩や柄こそが当時の新しさだった。
1980年代には抱きかかえられないほど大きなサイズのクマやイヌのぬいぐるみが、百貨店のおもちゃ売り場に並んだ。時代はバブルの真っただ中で、それを象徴するかのように、プレゼントには派手さや大きさが求められた。1990年代に訪れたのは、空前のテディベアブーム。アンティークな風合いのクマが、コレクターの心をくすぐり、大人の女性たちを夢中にさせた。こうして、ぬいぐるみは時代ごとにその姿を変えてきた。
1970年代の海外向けパンフレット
赤や青、黄色など鮮やかな色づかいのクマやイヌが並び、カラフルなデザインが人気を集めた時代を感じさせる。表紙には、日本らしさを伝えるため日本人形が採用されていた。
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