朝ドラ【あんぱん】速記のメッセージは最大級の愛か。死期を悟った次郎が、これからの話をしようと、のぶを励ます
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田幸和歌子
1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。漫画家のやなせたかしさんと妻の小松暢さんをモデルに、激動の時代を生き抜く夫婦の姿を描く物語「あんぱん」で、より深く、朝ドラの世界へ!
※ネタバレにご注意ください
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のぶの心境はあまりにも複雑だろう
長く続いた戦争が終わった。
今田美桜主演のNHK連続テレビ小説『あんぱん』の第13週「サラバ 涙」が放送された。
本作で序盤から何度となく訴えかけられ続けてきた“逆転する正義”。それは終戦によって、大きな逆転として登場人物たちに突きつけられた。
愛国心を説き続けた学校教育もGHQの指示によって180度方針を転換、当時の「正しいもの」を強引に教え込む教科書は、隅々まで黒墨で塗りつぶされていく。すでにそこに疑問を抱いていつつもかつては「愛国の鑑」ともてはやされその気になったこともあるヒロイン・のぶの心境はあまりにも複雑であろうことが、その表情からも見てとれる。
「先生は、間違ごうていました。ごめんなさい」
そう子供たちに謝るのぶ。これまで国民が「正義」と信じこまされてきたものはすべて逆転、完全否定される世が訪れた。戦争、そして戦時下の教育とは、まだ幼く心も成長途上の子供たちを洗脳状態にすることも可能なものだ。もしかしたらこれもまた、180度違う角度からの洗脳のようなものかもしれないが、武力での衝突以外でも、人々に大きな影響を及ぼすものであることをあらためて痛感する。連日のイスラエルとイランの軍事衝突の報道にもまた、その思いは強まる。
街には闇市が立ち、戦災孤児たちがあふれる。のぶは買ったばかりの芋を戦災孤児に奪われるが、それを分け合いむさぼる姿を見ると奪い返すことも、何も言うこともできなくなってしまった。祖父の釜次(吉田鋼太郎)の、「のぶは『愛国の鑑』やき大変やろにゃあ」という言葉も重くのしかかる。
異例の長さで戦争が描かれた
数々の作品で戦争が描かれ続けてきた連続テレビ小説の長い歴史の中でも、戦後80年という節目のなか、異例の長さでそれが描かれた。サブタイトル「サラバ 涙」とは、つらく悲しいこれまでを涙とともに拭い去って、明るい未来へ歩き出そうといったニュアンスのようであるが、現実はそう簡単に、はい終戦、これからは未来に向けて復興!といったものになるはずもない。
あくまで印象の話であるが、これまで描かれた戦後の復興は、もっとキラキラして誇らしいイメージで、玉音放送を聞いた直後に「さあ、立ち上がるぞ!」といった雰囲気、希望に満ちた戦後という描写の作品が圧倒的に多かった気がする。これは10年前、戦後70年でもこのような空気をリアリティをもって描くことはできなかっただろう。重い雲が垂れ込め続けてやまない今だからこそ、あらためて戦争、そして正義というものの本質を考えることができる作品が送り出されるようになったのだ。
のぶは教師を辞めた。