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「身近な人を失ってから、消極的なことばかり考えてしまう」—禅僧・枡野俊明さんが語る、生と死の向き合い方

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ゆうゆう編集部

今回の相談は、身近な人の死を体験し消極的になっている女性から。前向きに生きるための切り替え方は? 枡野さんが語ります。

門を開けば

「開門福寿多(門を開けば福寿多し)」
自ら門を開くことで福を招き入れようという禅の言葉です。

<今月のテーマ>
「死」が身近になり、気持ちが落ち込んでいます

最近、姪(64歳)と姉(85歳)を亡くし、人間って死んでいくんだな……と毎日考えています。今まで「あれしよう」「あそこに旅しよう」と楽しみを見つけていたのが、なぜか消極的なことばかり考えるようになりました。78歳を過ぎ、もっと積極的な日々をどう過ごそうかと少し悩んでいます。

人生は、はかない それが大切な気づき

身近な人たちが、相次いで旅立たれてしまったのですね。大変寂しく、悲しいことでしょう。

禅には「人生、一夢の中」という言葉があります。人生は夢のようにはかなく、いつ消えても不思議がないようなものだということです。相談者さんも身近な人の死によって、そのことを痛感されたのでしょう。

お釈迦様が弟子たちに語った「四馬(しめ)」の話をご存じでしょうか。あるとき、お釈迦様は弟子たちに4頭の馬の話をしました。1頭目の馬は、乗り手が持っている鞭(むち)の影を見ただけで走り出したそうです。2頭目の馬は、鞭が毛に触れた瞬間に気づいて走り始めました。3頭目の馬は鞭でたたかれてからようやく走り始め、4頭目の馬は鞭で何度もたたかれて骨が見えるような状態になってようやく走り始めたのだそうです。

これはたとえ話です。馬は人間を、鞭は死を意味しています。1頭目の馬は、葬儀の煙を遠くから眺めただけで「人は必ず死を迎えるのだ」と強く自覚し、生き方を変えられる人を指しています。2頭目の馬は、ご近所さんや著名人など人の死によって気づく人を、3頭目は身内や友人など親しい間柄の人が亡くなることでようやく気づく人を、4頭目は自分自身が大きな病気になって初めて気づく人を指しています。4頭目の場合、気づくのがあまりにも遅かったということです。

私たちは誰しも、いつか必ず最後のときを迎えます。「そんなことわかっているよ」と思うかもしれませんが、多くの人は本当の意味で実感できてはいません。「いつかは死ぬだろうけれど、まだ元気だし、それはきっと先のこと」と考えてしまうものです。

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