北村匠海の繊細な演技が孤独を浮かび上がらせる【あんぱん】母への思い以外の「生きるよろこび」に出会えるだろうか
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田幸和歌子
1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。漫画家のやなせたかしさんと妻の小松暢さんをモデルに、激動の時代を生き抜く夫婦の姿を描く物語「あんぱん」で、より深く、朝ドラの世界へ!
※ネタバレにご注意ください
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【あんぱん】まさかの登場を果たした母 松嶋菜々子。悪女でありながら常に美しく怪しい輝きを放つハマり役だ思春期をこじらせまくる嵩(北村匠海)
今田美桜主演のNHK連続テレビ小説『あんぱん』の第4週「なにをして生きるのか」が放送された。『アンパンマン』原作者で漫画家のやなせたかしの妻・小松暢をヒロインとして描く。
今週のキーパーソンは、8年ぶりに再登場した嵩(北村匠海)の母・登美子(松嶋菜々子)である。息子を高知に「捨てた」状態のままでありながら、前週後半にしれっと伯父の寛(竹野内豊)宅に悪びれもせず現れ滞在、しかも「どの面下げて」と言わんばかりに嵩の母として進路などについて口を挟みコントロールし始める。嫌われ者的役どころでありつつも、存在感だ。
そんな嵩は進路に悩む日々を送っていた。尋常小学校のころ、つまり登美子と一緒に暮らしていたころは成績優秀、首席をとるほどだったがその後は気持ちの迷走とともに成績はふるわなくなり、成績表には「丙」が並び、数学にいたっては「丁」という低い評価を受ける有様だ。登美子はそんな嵩は医師になるため高知第一高等学校に進学すると決めつけ押し付ける。
「何のために生まれて、何をして生きるのか」
伯父の言葉であり、アンパンマンの主題歌の歌詞、そして本ドラマのサブタイトルにもなっている大きなテーマのような言葉が今の嵩に大きくのしかかる。漫画や絵を描くことが好きな嵩の中での将来への葛藤は深まる。
基本的に正義感や道徳心の強いのぶの目から見れば、高知に戻った登美子にすかさず嵩を置き去りにしたことなどを責め立てるなど、突然帰ってきて嵩を大きく悩ませる登美子はある種の「悪」のような存在かもしれない。
かつての主席・嵩は今も勉強ができると登美子情報も手伝って勘違いしたのぶの母・羽田子(江口のりこ)は、夏休み中にのぶの勉強を見てあげてほしいとお願いする。しかし、先に述べたように現在の嵩の成績は低迷中、のぶが教わりたい数学の問題も「丁」の嵩にとっては教えるどころかさっぱりわからないという状況である。
そんななか、義理の弟の千尋(中沢元紀)がそれをすらすらと解いていく。さえない嵩に対する、勉強も運動もなんでもそつなくこなすことができ、法を学びたいとしっかりしたビジョンを持つ千尋。さえない自分と優秀な弟という対比、そして母の大きな期待。
「兄弟で月とスッポンだもんな。こんな兄貴、いなくなればいいと思ってんだろ」
とコンプレックスをを爆発させ、千尋の兄への敬慕を知る思いを知らない嵩に腹を立てたのぶに叩かれてしまう。そんな思春期をこじらせまくる嵩は、線路のレールを枕に寝そべるという逃避行動をとってしまう。
どこかデリカシーのない行動に見えてしまうのぶ(今田美桜)
のぶの目からは嵩を悩ませる存在でしかないようにしか見えない登美子という存在。前述した通り帰ってきた時には責め立てられるものの、そんな母の思いを何よりも大切にするところがさらに嵩という人物をせつないものとして届けてくれる。
そう、実の父も弟も亡くした嵩にとっては、何年も勝手に置き去りにし「親戚の子」と呼ばれても、登美子はたった一人の「家族」である。外側から見ればひどい母にしか見えずとも、かけがえのない存在なのだ。北村匠海の繊細な演技が、嵩の孤独をせつなく浮かび上がらせてくれる。
しかし、そんな登美子はすでに別の夫の籍に入っている。受験の手続きのために取り寄せ、嵩が手にした戸籍。そこには死亡した父・清(二宮和也)をはじめ、「×」印だらけの戸籍。もちろん養子となった千尋もそうだ。当たり前のことではあるが、眼前にそれを示されると嵩は高知の伯父宅であたたかく育てられてきているものの、事実上の天涯孤独の存在であることが突きつけられ、われわれ視聴者にも言葉なくともそのせつなさが実感できるうまい演出だ。
そして受験。登美子が神棚に置いて合格祈願をしたせいで嵩は受験票を持ち忘れてしまうというトラブルがあったものの、そこは序盤から何度も発揮されてきたのぶの脚力も手伝い、のぶが走り届け、自身の受験会場へと向うというハプニングを乗り切り、のぶは合格、そして嵩は残念ながら不合格という結末をむかえた。
落ち込む嵩をはげまそうと、のぶが持参したのがあんぱんだった。
「うちの家族は嬉しいときもしんどいときも、あんぱん食べるがです」
のぶからしてみれば、自分にできる精一杯の励まし、気遣いだったのかもしれないが、どこかデリカシーのない行動に見えてしまう。これは小学校時代も同じようによかれと思ったことで嵩を傷つけたことがあったことを思い起こさせ、のぶのいい面悪い面、両面が垣間見える演出だった。
そんなのぶに、登美子は嵩が落ちたのは、のぶに勉強を教えていたせいで自分が勉強する時間が無くなってしまったからだと八つ当たり気味に責め立てる。第1話の冒頭で、のちの幸せそうなのぶと嵩の夫婦生活が描かれているし、もちろん史実でもふたりは結ばれるわけだが、この先の結婚に至る流れの中で、のぶと登美子の義理の母娘の関係性は描かれていくのか、注目したいポイントである。
そして残念な結果をむかえた嵩は1年間の浪人生活が許されることになったが、登美子の目には自分の思いを叶えてくれない期待はずれの息子に映ったのだろう。
「ごきげんよう。さようなら」
冷たく言い放ち、再び嵩のもとを離れていく。嵩が受験勉強をがんばった最大の原動力は、母への愛である。何のために生まれて、何のために生きるのか。現時点の嵩にとってはそれが「母」という存在だった。しかしそんな母からの愛を得ることができず、無に帰してしまう。嵩の孤独、憂鬱は解消されるのか。母への思い以外の「生きるよろこび」に出会うことはできるのだろうか。
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