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朝ドラ【あんぱん】二人はまるで駆け落ちするかのように汽車に乗り… 無事戦地から帰ってくることを祈るばかり

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田幸和歌子

朝ドラ【あんぱん】二人はまるで駆け落ちするかのように汽車に乗り… 無事戦地から帰ってくることを祈るばかり

「あんぱん」第29回より(C)NHK

1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。漫画家のやなせたかしさんと妻の小松暢さんをモデルに、激動の時代を生き抜く夫婦の姿を描く物語「あんぱん」で、より深く、朝ドラの世界へ!
※ネタバレにご注意ください

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名言、再び。【あんぱん】の伯父(竹野内豊)が低音で放つ、沁みる一言とは?

車中の座席で寄り添う二人の姿は、語り継がれるだろう

今田美桜主演のNHK連続テレビ小説『あんぱん』の第6週「くるしむのか愛するのか」が放送された。

舞台は昭和12(1937)年。盧溝橋事件が引き金となり、日中戦争へと突入していく。作品内にも戦争の影が少しずつ影を落としはじめる。

今週のストーリーで大きな軸となったのは、豪(細田佳央太)と蘭子(河合優実)の切ない恋模様の展開である。

豪のもとに赤紙が届き、豪は出征することとなる。
「おめでとうございます」
ヒロインののぶに、本当は本心を指摘され、本音でいえばとても辛くせつない、しばしの「別れ」の宣告である。

以前から蘭子の醸し出す雰囲気は、明るいイメージの家族の中で影のあるやや異質なもので、蘭子にスポットがあたるターンになると、ドラマの質感が変わるかのような面があった。

「無事もんて(戻って)きたら、わしの嫁になって下さい!」
豪の出征壮行会の夜、見送りに来た蘭子に放った一言である。

「豪ちゃんは……足が遅いき、弾にあたらんか心配や。きっともんて来てよ……きっとやのうて、絶対や」
送り出す際に言った蘭子のこの言葉を受けての、プロポーズのような一言だ。

「あんぱん」第29回より(C)NHK

のぶが乱入し大活躍したものの失格した、あのパン食い競走が記憶によみがえる。賞品のラジオを獲得できなかったときの豪の頼りなさ、そこに恋心を重ねてくるのは、キュンキュンくる演出だ。豪の思いに不意を打たれ、髪を触りながら複雑な表情と仕草を見せる河合優実の演技はやはりどこか質感が違い、ふたりがどうなっていくのかと惹きつけられる。

「お嫁さんになるがやき、もんて来てね」
蘭子の返事はこうだった。豪が無事戦地から帰ってくることを祈らずにはいられない。二人はまるで駆け落ちするかのように汽車に乗り、豪のおばあちゃんのもとに挨拶へと旅立っていく。車中の座席で寄り添う二人の姿は、おそらくのちに名場面として語り継ぐ視聴者が多く発生することは間違いないだろう。

「あんぱん」第29回より(C)NHK

愛国少女と化したのぶはこの先……

そのいっぽうで、もうひとつの恋模様、のぶと嵩(北村匠海)はどうか。妹である蘭子のほうが「大人の恋愛」のような空気を漂わせるいっぽうで、それと対比するかのように、まだまだ本格的な「恋愛」へと発展するかどうかの淡い雰囲気で、上京した嵩、寮生活ののぶという、「遠距離恋愛」が描かれる。

嵩は、東京芸術学校で、担任となった座間(山寺宏一)の指導のもと、本格的に絵を学び始める。やや余談になるが、座間を演じる山寺は、アニメ「それいけ!アンパンマン」で、「めいけんチーズ」を声優として演じている。

ジャムおじさんを思わせる〝ヤムおんちゃん〟こと屋村(阿部サダヲ)、バタ子さんに似た名前の、のぶたちの母・羽多子(江口のりこ)と並び、『アンパンマン』のテレビのエンディングテーマの歌詞にも登場する「ジャムバタチーズ」がある意味揃いぶみとなった。これもまたファンサービスのひとつだろう。

さて、進歩的な考えを持つ座間に、銀座で最先端の東京を感じて来いと進められ、受験会場で出会い、学友となった健太郎(高橋文哉)と銀座へと繰り出す。

「あんぱん」第27回より(C)NHK

「戦時」へと突入してきている世間では、異性とのやりとりも控えたほうが良いとされるようで、寮で暮らすのぶに送る手紙を嵩は「柳井嵩子」と、女性の名前で送り近況などを伝える日々だ。

とはいえ、「ここには自由がある」と東京生活を謳歌しているような書きぶりに、前週、師範学校で国の置かれた状況への甘さを担任である黒井(瀧内公美)に鋭く指摘され、その意識を強くするのぶにとっては呑気としか映らないように見える。環境の違いによる「ズレ」のようなものが二人の間に生じつつあることが印象に残る。

とはいえ、のぶ自身も、体育大会にただ走りたいという理由で出場しようとするものの、出場することも個人の喜びなどは関係なく、愛国心や学校の名誉のために行うものだと黒井に言われ、まだまだ全体主義に対する困惑もあった。

そんななかでの、出征という運命に翻弄される妹と豪の姿を目の当たりにしたのは、のぶにとって大きな衝撃だった。慰問袋の作成や義捐金集めを呼びかけたりするなど、一転して愛国精神のお手本のような存在となり、それが記事として掲載されたりするようになる。そんな愛国少女と化したのぶにとって、嵩はどう映るのか。

「あんぱん」第30回より(C)NHK

無事戻ってこれるかどうかも定かではないが、決死の覚悟でプロポーズを遂げ、国を守るために去っていった豪。そのいっぽうで、手紙に「東京には美人しかいない」などと書いて送りつけてくる嵩はあまりにもお気楽に感じるだろう。嵩にとっての名誉である投稿作品の入選も、その報告を呑気なものとして感じてしまう心境の変化が、この先のふたりにどう影響していくのか。

現時点で本作における戦争は、このようにそれぞれの視点をもってさまざまな角度で描かれている。そんななか、戦争への強い反発心を抱いているのが、現在はパン職人として働く屋村だ。戦争の気配が強まり、のぶをはじめとして、愛国ムードが高まる中で、ひとり強く否定する姿勢を貫いている。屋村は何か戦争にまつわる苦い経験を持つのだろうか。

また、嵩にとって幼いころの思い出深い銀座のパン屋「美村屋」。その店内に貼られた写真に、屋村そっくりな男がいることも気になるポイントで、屋村という男の過去に何があったのか。ひとり戦争を批判するような暗い影を落とした出来事はあったのか。「正義」というものは転換する。序盤から語られているテーマに大きく迫っていきそうだ。

この先、戦局が深まるにつれ、東京で芸術を学びまだまだ自由な青春を満喫しているような嵩たちにもおそらく影響は及んでいくだろう。戦争というものがリアルな現実となり自身の身にふりかかったとき、嵩は何を思うのか。その変化がどう描かれていくのか期待したい。

「あんぱん」第30回より(C)NHK

「あんぱん」第30回より(C)NHK

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