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人生後半戦の『ターニングポイント』を前向きに!

20年前に昼ドラ主演を務めた女優の半生がスゴすぎた「彼も仕事も一気に失いました…」一転これがチャンスに?!【六車奈々さんのターニングポイント#1】

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皆川知子

20年前に昼ドラ主演を務めた女優の半生がスゴすぎた「彼も仕事も一気に失いました…」一転これがチャンスに?!【六車奈々さんのターニングポイント#1】

TBSの昼ドラ「病院へ行こう」の主役をつとめていた当時の六車奈々さん

タレント業のかたわら、体内時計に合わせた美容法で、お金や手間をかけずキレイになれるメソッドを考案・提唱している六車奈々さん。ほがらかな笑顔と関西人らしい明るい人柄が人気ですが、実はその人生は波瀾万丈。第1回は、そんな六車さんの20代の頃の上京物語、そして昼ドラの主役をいとめるまでの経緯を教えてくださいました。

【PROFILE】
ろくしゃ なな●1973年生まれ。モデル、タレント、女優。京都出身。16歳でモデルデビューし、大阪を中心に活動。32歳の時TBS系「病院へ行こう」のヒロインに抜擢されたのを機に、東京で本格活動を開始。明るく歯に衣着せぬコメントでタレントとしても人気となり、テレビやラジオのMCとしても活躍。現在は、体内時計に着目した「時間割美容」を提唱し、「自分の力で美を保つ」を実践。小学生の娘を育てる母親でもある。

31歳で交際相手と別れて仕事も激減。それを「チャンス」ととらえました

―女優、タレント、美容家などさまざまな顔を持つ六車さんですが、現在のようなキャリアになることは想像していましたか?

仕事と結婚で悩んだ結果、結婚を選んだ24歳!

たしかに、気がつくと私、肩書きがたくさんありますね(笑)
10代の頃は地元の関西でモデルをしていて、そのあとは関西を拠点にローカルタレントをしていました。テレビレポーターやラジオのほか、ミニドラマなどで女優業の経験もさせていただいて、次第に「女優1本でやってみたいな」と思うようになりました。
女優をするならやっぱり東京に行ったほうがいいかな、というようなことを考えているときに、当時付き合っていた人にプロポーズされました。「結婚したいから東京には行かないでほしい」と。仕事と結婚を天秤にかけた結果、彼との結婚を選び、結局上京を諦めてそのまま関西に残ることにしたんです。それが24歳の頃ですね。

―地元に残って好きな男性と幸せを築こうと思ったんですね。
はい。しかしその彼が煮え切らない人で(笑)。私は彼の言葉を信じて結婚を選んだのに、結婚の話は全然進まず。あっという間に5年が経過してしまい、結局お別れすることになりました。
その時私はもう29歳、上京するとか女優の夢を追うのには、だいぶ遅い年齢になっていました。ここが最初のターニングポイントですね。

29歳の時。フラれた悲しさをエネルギーに変えて、仕事が大忙しになりました(笑)!

―お仕事の方はいかがでしたか?
この悲しみをエネルギーに変えたおかげか、仕事は一気に忙しくなり、関西でレギュラー番組やラジオなどをこなす日々。スケジュールもびっしり埋まっていて、毎日忙しく働かせていただいていました。

―仕事には恵まれていたんですね。
そう思ったのも束の間!(笑)私が31歳になったとき、持っていたレギュラー番組が立て続けになくなったんです。それぞれに事情はありましたが、大きな理由としては「世代交代」だったんだと思います。私が去った後の番組には20代の若いタレントさんが加入していました。
そうして週1日のレギュラー番組を残して、それ以外のすべての仕事がなくなりました。

「私、ただでは転ばないんですよ」と笑いながら話す六車さん。

―31歳でレギュラー週1日ですか。
落ち込みましたが、実はそのとき新しい彼氏がいたので、その彼と結婚しようと思ったんです。「仕事がないなら結婚に逃げよう」と(笑)。
そうしたらなんと、その彼がアメリカ留学に行きたいと言い出しまして! 夢を追って、飛び立ってしまいました(笑)

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