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【瀬尾まいこさん】「親になったら親の気持ちがわかる?」その疑問に答える、最新作『ありか』

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ゆうゆう編集部

母娘関係は人それぞれ。シングルマザーとして一人娘を育てる美空が、探していたもののありかは? 「これまでの私の人生を全部込めたと言い切れる作品を書きました」という瀬尾まいこさんに、最新作『ありか』について伺いました。

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『ありか』
瀬尾まいこ著

母との関係に悩みながら、シングルマザーとして一人娘を育てる美空。何かと世話を焼いてくれる義弟で同性が好きな颯斗。風変わりな家族が織りなす悲喜こもごもの日々を温かな筆致で描く。
水鈴社 1980円

「自分が親になれば親のありがたみがわかる」って本当ですか

血のつながった家族でなくても、恋愛関係になくても、人は人を大切にできるし、守りたいと思う……。瀬尾まいこさんの小説には、常に人間への根源的な信頼がある。

本屋大賞受賞作の『そして、バトンは渡された』もそう、映画化された作品が多くの賞を受賞した『夜明けのすべて』もそう。主人公たちはみんな大小の不足や欠落を抱えて生きているけれど、それを埋めてくれる他者がいる。読後感はいつだって優しい。

「確かに今までは血縁や恋愛にこだわらない人間関係を多く書いてきたと思います。でも今回は、血のつながった母娘関係をしっかり書こうと思いました」と瀬尾さん。

主人公の美空は、5歳になる一人娘のひかりを育てるシングルマザー。ひかりを慈しみ、愛を注いでいる。最初の数ページを読むだけで、美空とひかりの毎日がいかに幸福なものかが伝わってくる。

しかし、美空と母親との関係はその真逆だった。美空の母も女手ひとつで美空を育ててくれたが、美空を育てることに必死で友人もできず、趣味を見つける暇もなかったのだと愚痴る。親への感謝を求め、世の中への不満を語り、無茶な金額の仕送りを要求する。

「子どもが生まれたら、親のありがたみがわかるって、よくいいますよね。私も娘が生まれるまでは『親に感謝しなきゃいかん』って思っていました。でも、子どもができて考えが変わりました。娘がただただかわいくて、愛情を注がずにはいられない。『恩を返してほしい』なんて感情はわきません。それに、子どもってママのことが大好きじゃないですか。私がどんな人間でも全身全霊で愛してくれる。それだけでもう十分なのに、なぜ『親の恩』が強調されるのか疑問をもちました」

瀬尾さんの疑問は、美空の疑問だ。美空は気づく。「母にとって、私は愛情を注ぐべき存在ではなかったのではないだろうか」と。

瀬尾作品に「いい人」しか出てこないのはなぜですか

この小説が生まれたきっかけは、本書の担当編集者に、「瀬尾さんと娘さんの物語が読みたい」と言われたことだった。つまり、ひかりちゃんのモデルはお嬢さん?

「というか……ひかりは私の娘、そのままなんです」

素直で無邪気で、ユニークな発想とワードセンスをもつ5歳。こんなにかわいいお嬢さんがいるとは!「いえいえ、私の娘は小6です。いまだに『ママ大好き~』って言う子なので、『中学生になってもそう言うの?』って聞いたら、『40歳になっても言う』って(笑)」

登場人物は魅力的な人ばかりだ。別れた夫はお調子者の浮気男だが、彼の実家の両親は思いやり深く、同性が好きな義弟の颯斗くんは無条件の愛で母娘を支える。保育園で一番派手に見えたママ・三池さんは美空の大事な友となり、職場の先輩・宮崎さんは「ここぞ」というときに美空を救う。「瀬尾作品にはいい人しか登場しない説」があるが、本作もいい人だらけだ。

「よく言われるのですが、登場人物全員に実在モデルがいます。想像でつくった『都合のいい人物』じゃないんですよ!」と力説する。

「颯斗くんはナイーブですから安易には描けないと、同性が好きな男友達に話を聞き、大切に描きました。三池さんのモデルになったママ友は、ともにいた日々を振り返り胸を熱くしました。宮崎さんは私がアルバイトしていた職場のおばちゃん。いい人って実在するんですよ」

小説を書いていて、気づいた。探していたものはここにある

唯一、物語の中で棘のようにチクチクする存在が美空の母親だ。毒親といえるかもしれない。しかし、物語の中に張られた伏線が、最後の最後に母・娘・孫をつなぐ温かな糸となってあらわれる。瀬尾さんにとって、この物語を生み出すことは楽しいだけのものではなかったという。自分が生きてきた現実と重なる部分が多く、苦しいこともあったと振り返る。

「私の中にもかなわなかった願いや、消してしまいたい記憶がいくつもあります。大切なものだけでなく、触れたくないものまで、ひとつひとつをすくいとるようにして書きました。

でも半分くらい書いたところで、気づいたんです。ああ、私が本当に欲しかったものは過去にはないんだなって。それは、家族や友人や仲間たちと過ごす今この時間や、先に広がる未来にあるのだと。だから、これからもたくさんの人と出会いたいと思います」

撮影/澁谷征司

PROFILE
瀬尾まいこさん

せお・まいこ●1974年大阪生まれ。2001年『卵の緒』で坊っちゃん文学賞を受賞し、翌年作家デビュー。『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、『そして、バトンは渡された』で本屋大賞受賞。公式X @seo_maiko

※この記事は「ゆうゆう」2025年6月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

取材・文/神 素子

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